ライオンビルとしての再生
07/06/01 (Fri)
このビルはなんだろうと気になって立ち寄ったのは2006年の暮れ、
ビルの1階では正月のしめ飾りを作っている人たちがいた。
その棟梁に持ち主を教えていただき、貸してほしいと交渉を重ね
ました。それから、今に至るまでの話です。
ビルの内部は何の脈略もない改装の上重ねをされ、時間と空気は止まってしまっていた。
そんなことも踊り場のライオンは見続けていた。
後に、ライオンビルという名前になる由来のレリーフです。
2007年6月にようやく貸していただけることになり、工事が始まる。
まずは、建てられた頃の姿に戻すことから。
こんなに瓦礫が。
同時進行で床材選び。地下の倉庫からは照明機器が発見されました。というより、
救出されました。
毎日毎日作業は続きます。 壁の中からは金庫の扉が出てきたり、、、
壁の色を決める試し塗り、何度も試され今の色が決まりました。
床材は北海道の広葉樹、ミズナラを選び、床材が届きました。
大工さんが来て床張りがはじまります。
照明の器具を直し、色を塗ります。
2階では職人さんが壁塗り、1階では大工さんが床張り。
終わったら入れ替わっての作業です。
澱んでいた空気が動き始めます。止まっていた時間が流れ始めます。
広尾にある "エモンフォトギャラリー" の協力で、
ライオンビルのこけら落とし展が、藤岡直樹さんの写真展になりました。
額には古い歪みガラスを使い、大工さんに作っていただくことになりました。
昔あった照明が取り付けられ、写真が展示されました。
展覧会のタイトルは「記憶の彼方」、ライオンビルの再生とも重なります。
このようにして、ライオンビルは生まれ変わりました。
m.m.m