5月5日、いろんな偶然が重なってある場所にボランティアに行くことにしました。
仙台湾と仙台空港の間に位置する人口400人の小さな集落、名取市北釜村。
東日本大震災で壊滅的な被害を受け、村ごと津波に飲み込まれ流されてしまった
海辺の村です。
かつて村に暮らしていた400人の村民のうち、60人もの方が亡くなり、
いまも4人が行方不明です。
村の入り口近くにある北釜集会所も、建物の姿はかろうじて残っていますが、
天井まで泥に押し流された跡がのこっています。
その場所はいま「北釜思いで集積所」と名付けられ、自衛隊の方たちによって
瓦礫の中から掘り出されたアルバムや写真やトロフィーや鞄などが、
きれいに泥を落とされて持ち主の手元に返るのをじっと見守る場所になっています。
この海辺の村に滞在し自身の制作だけでなく、村の専属カメラマンとなり
北釜の行事や人々の暮らしをも写真に残してきた写真家の志賀理江子さんが、
集められた写真きれいにして複写しデータ化する作業を数人の知人としていると
きいて、わたしも手伝わせてもらいました。
海水の混じった泥に埋まっていた写真は劣化する速度もはやく、写真を救うには
急を要します。
「ボランティアの要請をするには手続きや時間がかかるし、その時間があるなら
1人で1枚でもきれいにしていた方がいいから」
と志賀さん。
表で写真の泥を洗い落とす作業をしている途中も、たくさんの村民の方たちが
思いで集積所を訪れ、あったあったと喜びながら数枚の写真を大事そうに持ち帰って
いました。
その情景を目にしふと、昨日聞いたある言葉を思い出しました。
「人は人生の中で何度も自分のアイデンティティを問う。そのときは、自ら自分を
ひきはなし、自分の語りなおし記憶のつくりなおしをしなくてはならない。」
哲学者でもあり大阪大学総長をされている鷲田清一さんの言葉です。
被災された方たちが、また自分を語りなおすことができるようになったとき、
記憶の糸口をつなぐ大事なお守りとなるであろうこの写真を、
残していかなければならないと、泥を洗う手にぐっと気持ちが籠りました。
2011.05/06 mozuku




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